STORY

那須芦野・石の美術館STONE PLAZAができるまで

.那須町芦野地区
現在の栃木県・那須町は、50年程前に旧芦野町、伊王野村、那須村が合併してできた町である。福島県白河市との県境、栃木県の最も北に位置し、那須高原・温泉地帯から車で30分程の那須町の東部に芦野地区がある。芦野は、江戸時代の五街道のひとつとして整備された旧奥州街道(現在の国道294号線)沿いの宿場町で、城下町の面影を残す地区である。また、米作を中心とした農業地帯で、木材や石材の産地でもある。付近には、松尾芭蕉が「奥の細道」で立ち寄り俳句を詠んだ遊行柳や多くの史跡、隈研吾氏設計の建物で、那須町の歴史を知ることのできる那須歴史探訪館などがある。

また、芦野氏の陣屋跡である御殿山は、数百本の桜が美しく咲き揃う近郷随一の桜の名所となっている。お寺や神社も多く一帯には数多くの史跡があり、昔ながらの田舎風景が残る貴重な地域と云える。

那須歴史探訪館
芦野地区中心の市街地

2.芦野石・白河石の歴史
芦野石・白河石は栃木県那須町芦野及び福島県白河市を中心に採掘される石英安山岩質溶結凝灰岩を指し、それぞれ称している。100~700万年前頃の会津地方の爆発的噴火による火山灰・火砕流が生成の主要因とされ、それが栃木県と福島県を跨いでいることからどちらの地域でも採掘されている。花崗岩に比べてやわらかい準硬石で比較的加工しやすく耐火性に優れ、用途としては古代から近世にかけて古墳の石室や大名家の墓所、寺社仏閣の基礎や階段・灯篭門柱、白河小峰城の石垣に用いられている。近代には石積み住宅基礎、玉垣、石蔵や鉄道・造成工事に使用され、現代では住宅の門柱・塀、建築・土木・造園工事などにも利用されている。古くから使われた素材の為、那須町芦野及び白河市周辺では古代~現代までに作られたお地蔵様や、石蔵のような建造物や石垣が残り、地域特有の景観を構築する一端を担っている。

白河石の歴史は長く、白河舟田・本沼遺跡群(6世紀後半頃)の石室に白河石が使われている。寛永9年(1632)白河初代藩主・丹羽長重が完成させた白河小峰城の石垣にも使われ、地域における重要な資材だったことを伺い知ることが出来る。白河市周辺には今も石切場という地名がいくつか残っている。
鎌倉時代ごろの住民の暮らしに生かされてはいたものの、芦野石が採掘されるようになったのは1879年(明治12年)ころからで、当時は白河石と称され、わずか3軒の石材業者によって手掘りの採掘・加工が行われ、土木工事用の石として付近の黒磯や白河で販売されていた。その後、明治中頃に東北線(東北本線)の鉄道工事の縁石やトンネルなどに使用されるようになり、石材業者が増えていった。昭和のはじめには、土木工事用だけでなく、石蔵や墓石の材料として京浜地区への販売の開拓も試みられたが、大きく展開することなく戦争に伴う統制に巻き込まれていった。

芦野石・白河石の生産が飛躍的に伸びていくのは戦後、1960年頃からである。芦野石においては6件の業者が「芦野石材任意組合」を発足させ、京浜地区への積極的な売込みが再開された。1970年代には、石材の出荷が毎年1割程度ずつ増え、1982年には採掘量が約5万7千tを記録している。この頃が芦野石の最盛期で、石材業者も20件近くあった。しかしその後、韓国や中国から輸入する石材に押され需要が減り、1997年には組合を解散するまでに追い込まれている。従来の芦野石・白河石は、おもに花崗岩の代用品として使われてきたが、新たな需要を開拓することに迫られた。その後石材業者の数は減ったが、石材を焼成する手法や、現代の工法に合わせた加工や異素材との組み合わせ、花崗岩とは違う温かみのある表情を活かした使い方などの活動も始まり、今に至っている。

芦野石・白河石の採石場と加工風景
芦野石・白河石の採石場と加工風景.

芦野石・白河石の事例

年代
利用方法の変遷・事例
(6世紀後半頃)
白河舟田・本沼遺跡群下総塚古墳 石室
中世 - 江戸時代
白河藩大名家墓所、白河小峰城
近世
鉄道工事、造成工事、石蔵
現代
多摩ニュータウン、港北ニュータウン
野鳥公園旧伊藤博文金沢別邸復元工事
日光田母沢御用邸
那須芦野・石の美術館ストーンプラザ
成田山 山門
旧新橋駅舎復元工事
網町三井倶楽部 外構門柱・塀
那須平成の森ビジターセンター/フィールドセンター

現在に続く
白河小峰城 石垣
白河舟田・本沼遺跡群
下総塚古墳 石室(6世紀後半頃)
外構 床(港北ニュータウン)
門柱・石塀
旧新橋駅舎復元工事
成田山 山門
日光田母沢御用邸
外構 床
日光杉並街道 床
建築 床
景石 石積み
建築 壁

3.STONE PLAZAプロジェクトの始まり
栃木県内でも有数の石の産地である那須町芦野地区に、大正~昭和初期に建てられた石蔵が残っていた。以前は農協の米蔵として使用されていたが、1970年代以降は放置されたままになっていた。その荒れ果てた石蔵が、過疎化が進む街の象徴のようでもあった。景観や街づくりの為に、この古い蔵と芦野石を活かして新たな石の産地の象徴をつくることを考えた。こうして1990年頃より、㈱白井石材の企画としてストーンプラザプロジェクトがスタートした。

1994年に建築家・隈研吾氏に石蔵を保存・活用する基本計画を依頼し、そのなかでいろいろな方向を検討したうえで、建築と文化の接点になる施設、石材の可能性を広げる美術館をつくることを決めた。既存の石蔵を使いながら、敷地全体を1つのアートを鑑賞する散歩道として再構成することを考えた。建物を保存しながら、新しく活用する場合、既存の建物がもっている質感とまったく異なる材料を用いて建物を増築していく例はいままでにもみられる。しかし、あえて既存の蔵と同じ、地元の芦野石を使いながら、石がもっていた従来のイメージとまったく異なる、軽やかで曖昧な空間をつくることを目指して、計画は進められた。増築部分は石を薄くスライスしたものを積み上げたりと、通常の何倍もの手間を要したが、既存の建築と同じ石を使いながら、従来の石がもつイメージとまったく異なる空間をつくりあげ、既存の石の存在感を強めることができた。

建物は、具体的な計画から完成までに約6年間かかった。美術館の竣工後、芦野の人たちのなかに、街をもっときれいにしていこうといった動きや、芦野の風景を大切にして地域を活性化させていこうという意識が活発になってきた。

芦野石の組石積による建設の様子
改修前の石蔵

4.石の美術館STONE PLAZAの誕生
2000年秋に建物が完成し、プレオープンを経て2001年1月21日に美術館として開館した。石造りの古い蔵を、建てられていたそのままの場所で手を加えて使用できるようにしたのが、エントランスホール、石蔵ギャラリー、茶室である。構造面では、石壁の内側に木の柱組を加えることで対応し、地元である那須町・伊王野地域の木材を使用した。

新しく石を積み上げてできた総石造りの建物が、ショップ、石と光のギャラリー、石の学習室、トイレである。設計の隈研吾氏は、これらの新しく建てた石造り建築を、組積造でありながらも軽やかな仕上がりになるようにデザインした。他に、もうひとつの新しく建てた石と水のギャラリーは、石壁にいくつものブロック穴をつくり、外部と内部を光で繋いでいる。そして、外気と内気が行ったり来たりする不思議な空間が出来上がった。

外部は、敷地内に水を張った池の上を石橋で各建物をつなぎ、世界で初めて造られたであろう石のルーバーで空間を仕切った。外部を含めた総石づくりの建築そのものが展示物でもある。

石蔵ギャラリー
石のルーバーと石橋

5.国際石材建築大賞(International Stone Architecture Award 2001 (イタリア)
2001年9月、イタリアヴェローナにて受賞。この世界的にも権威ある賞は、石材産地で有名なイタリアのヴェローナで隔年に授与されるもので、大理石や天然石を用いて建設された優れた石材建築作品に贈られるものである。第7回目の同年には石の美術館STONE PLAZAの他に、ポルトガルのExtention of Porruguese Parlament by (Fernando Tavora氏)、フランスのWine Cellars by (Gille Perraudin氏)、イタリアのRenovation of Piazza Grande by (Franco Mancuso氏)など、4作品が選出されている。

日本人建築家の受賞は、磯崎新氏についで隈研吾氏が二人目となる。また、日本の石材建築作品としては石の美術館STONE PLAZAが初の受賞である。受賞作品の本「Scriptural in stone」が世界的に出版され、表紙に石の美術館STONE PLAZAのライトアップシーンが採用された。

その後、2年間に渡って受賞建築の作品が世界各国の有名大学、文化・建築施設に巡回展示され、天然石材を使った建築の啓蒙に活用された。

受賞作品集Scriptures in stone
ヴェローナでの受賞式

6.平成13年度マロニエ建築賞 (街並み景観建築部門)
栃木県が県内の優れた建築物に贈るマロニエ建築賞の平成13年度最優秀賞(街並み景観建築部門)受賞。同賞は、「美しい景観づくり」の推進を目的に、都市景観の形成、歴史・文化の創造、建築水準の向上などに寄与する優れた建築物に贈られる賞である。

「旧いものに新たな生命をふきこんでいる」「景観は芦野の新たな魅力となるであろうし、この建物を起爆剤とする景観形成に波及することが期待される」との理由からこの賞を受賞した。

学習室から見た広場
街の通りから見た石の美術館

7.石の美術館における展示・イベント
石の美術館で最もスペースが広いのが石蔵ギャラリーである。このギャラリーで、年に数回行われるコンサートでは常連客も多数で人気があり、毎回満員となる。石蔵の音響は出演者にも好評で、新たな文化活動の場として使われるようになった。春には、石蔵づくりの珍しい茶室で桜を眺めながら、地元の先生方の協力でお茶を楽しむイベントもあり、今までと違った形で地元の方々との交流も広がっている。 
他に、彫刻展、写真展、絵画展等の開催や講演会が開かれ、これまでこの地域に訪れたことのなかった方にも、地域活動の拠点の1つとして利用されるようになった。

石の茶室の茶会
石蔵ギャラリーで開かれるコンサート
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